終わらない鎮魂歌を歌おう―魑魅魍魎の跳梁跋扈せし時代にて―

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  scene9.死神屋と傘闘士  



やよいたちの目の前にある床の一部がじわりと黒く染まり、そこからぞわぞわと、染み出すように黒い影が溢れだしてくる。

『何だ、アレ……』
『……っ!』

意識はソレに向けたまま、胸を圧迫してくる嫌悪感を表情の奥に押し込んで、やよいはミケに向かって不敵な笑みを作った。

『よーし、情報ありがとミケ!あとは私らに任せといて。』
「うぅ〜、逃げるみたいで申し訳ないけど、このままいても足手まといになりそうなので戻りますぅ……あとはよろしくお願いしますぅ〜!」
『ん、おつかれ!ごくつぶしによろしく言っといて!』

ミケを見送ったやよいは、さて、と鎌を握り直して目の前の物体を睨みつける。
床から溢れ出るのは止まったものの、今度は溜まった影が、ゆっくりと揺れながら一つの形を作っていくところだった。

『女……?』

耕太の呟き通り、それはどうやら女の形に近づいているらしい。
不規則に蠢きながら、長い髪や着物のようなものが分かるようになってくる。

やがて完全に形を成したらしいそれは、ずるずると残りの影を引きずりながら移動し始めた。


『……れテ……う……いそ……』

『……?何か喋ってねぇ?』
『うん……“つれ、て“?』

『つれていコう。かわいソウだかラ。連れテ行こう。可哀相ダから。連れて逝こウ。あの子ガ、あノ娘が、可哀想だカラ。』

『あの子?』

やよいの呟きに反応して、影の動きがピタリと止まる。
髪の塊の中から、顔らしきものが覗いた。

『オマエたちは、だァれ?』
『……我々は死神屋と呼ばれる者です。あなたを送りに来ました。今ならまだ間に合います。この子や他の子たちが命を落とす前に、行くべき場所へ行かなければ。』

さぁ、と差し出された手を一瞥して、女は目を細めた。
皮膚が粟立つようなその目つきに、耕太は無意識に後ずさった。

『命を落とス前に……?落とさナければ意味がなイだろウ!あの子ノようニ!あの子だけなンておカしい!!フジョウリだ!』
『あーもー、そりゃ話し合いで解決するとは思ってなかったけどよ!』
『そうね、なかなか熱い思いをぶつけてくれるじゃない!正論じゃないけどね!』
『あァ、憎らしイ……憎ラしい!どウシてあの子ガ死んダ!どうしテあの子でなケレばなラなかッタ!』
『病か事故かは知らないけれど、その子が死んだのとこの子を連れていくのは関係ないでしょう!』
『あの子ダケ死ヌのは不公平じゃなイか!』
『そんなのっ……!』

まくし立てる女に、やよいがなおも反論しようとした、その時だった。


「……んなの……そんなのただの我が儘だ!」


突然の声に、三人は弾かれたように同じ方を向いた。
同じようにして、やよいたちが見えていない甘崎夫婦も戸口を見遣る。
五人の視線の先――そこには、肩で息をしながら傘を竹刀のように構えた鉄輝が、見えるはずがないのに、確かにやよいたちを、女を見据えていた。

「それは確かに、あんたにとっての不条理だったんだろう。……けど!それを理由にして誰かを傷付けるなんて、そんなことして良いわけない!」

明らかに目の前の女に対してぶつけている言葉に、やよいが驚愕の声をあげる。

『え、嘘、見えて……!?』
「鉄輝?どうしたの?」
「そうだよ見えてるし聞こえてるさ……黒い変なお前!言ってること全部おかしいじゃん!」
『お前ニ、オマエに何が解かル!愛すル我が子を失ったワタシの悲しミが、世の不条理へノ憎しみガ……』
「解かるわけねぇだろっ!オレ結婚したことねーもん!まぁそりゃ大事な奴が死んで悲しいのはわかるけどさ、オレだってサチが心配で今すっげこえーもん!けど、それとこれとは話が別だろ!関係ないやつ巻き込むなよ!お前、大人のくせに!!」
『ウるさイ!それモこれモみん「何より……」

ギリ、と鉄輝は奥歯を噛みしめる。
頭に浮かぶのは、未熟な自分へくれた恩師の言葉。


『歯ぁくいしばって生きてくのが大人の生き方だ。』


「不条理って言葉を、八つ当たりの……逃げる為の言い訳なんかに使うんじゃねぇぇ!!」

全身を使って、鉄輝は叫ぶ。
その拍子に、ふわ、と傘が開いた。
それはまるで、鉄輝の叫びに呼応したようだった。

「!」

花開いた傘。その先端から、白い光が溢れ出す。
それはまるで木漏れ日のように優しく、やわらかく辺りを照らしていく。

「何だこれっ……!」
『あっ……』

光の中から、小さな手のようなものが伸びるのが、やよいには見えた。
そしてそれは女にも見えていたようで。

『あァ……ああ!!』

女が黒い手を伸ばす。
白い手が、女を求めるようにゆらゆらと揺れる。


ゆっくりと、白と黒が重なって、


『おかあさん』


光と影は、ふわりと消えた。

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