誰もいないリビングに、麻衣は一人、座っていた。
きっと皆病院に行っているのだろう。
が、麻衣自身は行く気はなかった。
・・・自分の死体など、もう見たくなかった。





「おかーさん・・・おとーさん・・・」
静かに響くはずの声は、誰にも聞こえない。ゆっくりと、麻衣は呟いていった。
「・・・あたし、こんなに早く死にたくなかったよ。もっと生きて、やりたいこと、いっぱいあった。・・・色
んな事・・・っ、やりたかっ・・・!!」
言葉にならない思いは涙に変わり、音もたてずに、床に落ちる前に消えていった。
「おかーさぁん・・・おとーさぁん・・・」
誰にも届かない声が、震えていた。












「みーつけた。」
「麻衣ちゃん、また会ったな。」
「変にカッコつけなくていいから。」


ぱこっ


軽い音が響いた。
「イテ。」
「あなた、さっきの・・・!」
麻衣の後ろには、いつの間にか二人の死神が立っていた。
一人は先程会った人物だが、あとの一人は、それとはまったく違う、黒装束に鎌という死神特有の格好だった。
「ああ、こいつはやよ・・・」


ばこ


「誰がこいつよ。えと、下村・・・麻衣さんね。こいつ、コータは知ってますよね。私はこれの上司、841号です。
8・4・1だから、“やよい”なんて呼ばれてます。」
そう言いながら、叩かれた頭を押さえる耕太には見向きもせず(麻衣は若干気にしていたが)、スッと名刺を差し出した。
「やよい・・・さん?」
「そ。貴女ラッキーよぉ?死神二人に、しかも一人は三桁のベテランに診てもらえるんだから。」
「なぁ、それ担当する奴全員に言ってんの?オレんときもたしか・・・」
「悪い?こう言った方がなんかお得な感じするじゃない。」
(しねーよ。)
当たり前のように言い放つやよいに、耕太は心の中でつっこんだ。
「あ、あの・・・」
二人の会話についていけない麻衣が恐る恐る手を挙げた。
「あ、ごめんごめん、何?」
「あの、やっぱり私、連れ戻されるんですよね。・・・それって今すぐなんですか?」
「・・・いいえ。」
「オレらの仕事は、魂を救うこと。だから、お前の気の済むまで付き合うよ。」
「・・・ホント?」
「「もちろん。」」
二人のその言葉に、麻衣は初めて安心したように笑った。





「ああ・・・ただし、生きている人間との接触はダメ。」
「え・・・」
「色々とややこしくなるから規則で禁止されてるの。」
「そう・・・ですか・・・」
やよいと麻衣の会話を聞いて、耕太は少しだけ首をかしげた。















病院に行った麻衣の両親の帰りを待つこと・・・五時間。


がちゃり


玄関のドアの開く音がした。
「お母さんっ・・・」
麻衣が顔を上げる。リビングに近づいてくる足音。
複雑な表情の麻衣と、身を固める死神二人。
何故なら・・・再び麻衣が暴走する可能性だってあるのだ。


しかし。



「ううっ・・・麻衣・・・まいぃっ・・・」
「・・・・・・。」
「おちついて、ふみこ姉さん。」
よろけながら入ってきた麻衣の母親らしき人物と、両側から支える、父親らしい人間と、同じか少し下ぐらいの
年の女性。内容からして麻衣の叔母か。
「麻衣ぃ・・・」
「姉さん・・・」
「ふみこ・・・」
よろよろと歩く母親を椅子に座らせ、それを叔母に任せて父親は再び慌しく出かけていった。
「まい・・・まい・・・・ああ、なんで麻衣が・・・どうして・・・」
「ふみこ姉さん・・・」



ひたすら泣きじゃくる母親と、それをおろおろと見守る叔母。
そんな悲しい光景に顔を歪める耕太と、静かにそれらを見つめるやよい。そして・・・


ぽすっ


しばらくその光景を見つめていた麻衣はくるりと振り返り、やよいに抱きついた。
目の前の光景が、もう今までの日常に帰れないことを示していることに、麻衣は何も言えず・・・
ただ、様々な感情を隠すようにして、やよいに抱きついた。

「・・・どうする?もう、行く?」
できるだけ優しく問う耕太に、麻衣はふるふると首を振り、顔を埋めたまま弱々しく言った。
「もうちょっと・・・もうちょっとだけぇ・・・いやだぁ・・・」


“離れたくない”


そんな思いが痛いほど伝わってきて、やよいと耕太は静かにそっと顔を見合わせた。











それからしばらくして帰ってきた父親と入れ替わりに叔母が帰り、二人放心状態で、しばらく座っていた。

リビングに座り、静寂の中に時折溜め息が響く。
それは、父親が時計の指す時間に気付き、
「・・・もう、寝るか。」
というまで続いた。
そんな両親の姿は、あまりにも弱々しく、そして小さかった。
それを見ている麻衣は、なんともいたたまれなない気持ちでいた。
手を伸ばしたら、触れそうな距離なのに、できない。思わず手が伸びそうになっては、はっとやよいの言葉を思いだす。

『ただし、生きている人間との接触はだめ。』

(・・・これ以上は、だめだから。)














“あの日”から5日目の夜。
慌ただしい昼間とは全く違う雰囲気で、両親はリビングにいた。
やはり、会話はない。うつむいたままの二人に、麻衣の胸は痛む。
(お父さん、お母さん・・・)










永遠に続くかのように思われたその沈黙は、突然破られた。
「・・・なあ。」
「・・・え、あ、何?」
「このままじゃ、だめ、なんじゃないかな。」
「え・・・」
「だからさ、俺らがこんな沈んでちゃ、麻衣も安心して成仏できないんじゃないかな・・・。」
「・・・そう、かもね。けどっ・・・」
「俺だって悲しい。けど、やっぱ一番優先されるべきなのは、麻衣のことじゃないのか?・・・それをずっと考えてた。」



麻衣の目から、涙が零れていた。そしてそれは、止まらない。
「だって・・・実感湧かないのよ・・・まだ・・・まだあの子がっ・・・すぐそばにいっ・・・いるような・・・っ」
「ああ・・・そうだな・・・」
「お母さん・・・お父さん・・・!!」
忠告を忘れて伸ばしかけた麻衣の腕を、やよいが強く掴んだ。
「・・・お願いしますっ死神さん!両親と、話をさせてください!最期に話したいんです!」
「あ・・・」
「それはだめ。」
返事をしようとした耕太を遮って言ったやよいの言葉に、耕太と麻衣は思わず声をあげた。
「そんな冷たく・・・」
そう言ったのは耕太。続いて、麻衣も。
「ひ、一言だけでも・・・っ」
しかし、帰ってきた答えは、
「だめ。言ったでしょ、これは規則なのよ。」
首を振るやよいに、麻衣は肩を落とした。
「・・・なぁ、ちょっとぐらい、いいんじゃ・・・」
「あんたまで感情移入しないの。・・・確かに気持ちは分かる。けどね、だめなものはだめ。」
「そんなっ・・・」
「――いいんです。」
「え・・・?」
なおも食い下がろうとする耕太の肩を、麻衣がぎゅっと掴んだ。その手は震えていた。
「・・・いいんです。規則なんですし。最初に注意も受けてるし。我が儘言ってごめんなさい。」
「・・・でも話したいんだろ?」
「・・・ただでさえ、逃げたりして困らせたのに、これ以上、迷惑かけられませんから。かけたくないんです。」
そう言って、麻衣は笑った。苦しそうに、哀しそうに、彼女は笑った。










そんな彼女と手をつなぎ、やよいたちはすっと上へ昇っていった。
近くのビルの屋上で、とりあえず止まる。




「それじゃ、他、行ってみる?」
「・・・いえ、いいです。もう、何の未練もありませんから。」
優しく問うやよいに、麻衣は自分に言い聞かせるように、ゆっくりと答えた。



それを見ていた耕太は、一つの決心をした。















後編へ






あとがき

だらだらしてるくせに展開早くて申し訳ないです・・・;;
今回擬音語をたくさん使ってみたのですが・・・失敗だったかなぁ?(自信ナシ)