応援団衣装と追加団員のお披露目をした日。
オレと泉は、久し振りに一緒に帰った。



まない雨と、ずぶぬれのきみ。




会話が一端途切れて、カラカラと自転車を押す音だけが夜道に響く。
「……なぁ。」
不意に、泉に声をかけられた。
「んー?」
「キャッチボール、しよ。」
「……え?突然どうした?」
「別に。」
「別に、って……」
部活で疲れてるんじゃないかと言っても、平気だからと、半ば強引に、一旦家に帰ってグローブとボールを取ってきてから近所の空き地へと連れていかれた。


「いずみー、いくぞー」
「早くしろって。」
「はいはい……よ、っと。」
「うい。コントロールはそんな、にっ、と、鈍ってないんだな。」
「そりゃあ、なっ!」
パシン、パシンと、心地よい音が繰り返される。
投げては返され、返されては投げ。
正直、久し振りのその感覚にだいぶ酔っていて。
泉の表情なんて、全く見ていなかった。
まぁ逆光だったというのもあるのだが。

……だから、その小さな変化にも、気付くことができなかった。


ふいに、泉が投げるのを止めた。
「ん、ああ、終わり?」
そう言いながら泉に近付いていくと、いきなりボールを投げ付けられた。
「うわっ!」
咄嗟にキャッチして、何するんだと頬を抓ろうと手を伸ばすが、それは泉の声に遮られた。
「投げてよ。あの壁にでいいから。」
恐らくこの『投げて』は、キャッチボールみたいなのではなくて、投手としてピッチングしろということなんだろう。
「いや、オレ肘……」
「一回だけでいいから。」
ここでようやく、泉がいつもと違うことに気付いた。
「泉……?」
「早く。投げろよ。」
後ろにある電灯のせいで、泉の表情はよくわからない。
けれど、今ここでどんなに言っても引かないのだろうというのだけはわかって、しぶしぶ壁の方を向いた。
距離は大体20メートル。18.44を正確に測るのは勿論無理だった。
「一回だけだからなー。」
そう念を押して、大きく振りかぶる。
まっすぐ伸ばすところで腕が小さく痛んだが、無視して投げきった。


バシン。


白球が壁に当たって、勢いよく跳ね返った。
後ろでジャリ、と音がして、泉がボールを拾ったのをなんとなく感じた。
「……これでいい……泉!?」
振り返って目にした光景に思わず驚きの声をあげる。
「……う、うく、っ、」
泉はボールを握り締めて、泣いていた。
「い、ずみ……?」
慌てて駆け寄るが、泉は涙を拭うこともせず、突っ立っている。
「泉?どっか痛いのか?どしたんだ?」
「オレっ、も、と、もっとっ……」
「え?」
途切れ途切れの言葉に思わず聞き返す。
「オレっ、浜田がっ、投げる姿、もっと見てたかった!浜田の後ろ、もっとずっと、守りたかった!」
「っ……」
予想外の言葉に、声が出なかった。
「なんで……なんでしてないんだよ……」
「泉……」
「オレ、浜田と、もっと野球、したかった……!」
「……オレ、だって……」
初めて聞いた泉の本音につられて、押さえてきた想いが、溢れ出した。
「オレだって!オレだって野球続けたかった!泉と、野球したかったよ……!」
「じゃあなんで……」
「でも、もうできねぇんだよ……」
「……っだよ、意味わかんねぇっ!」
被せるようにかけたその言葉で、泉の泣く声が更に大きくなった。
「っ、オレっ、今のチーム、好きだよ!っく、でも、やっぱり、時々、足りないってっ、思うんだよ!ポジションみんな埋まってて、設備もあって、っく、マネジも監督もいるっ、けどっ!……まだがっ、浜田がいねーのが、っく、物足りなくてっ!」
掴み掛かると言うにはあまりに弱々しく、泉はオレの服を握った。
「戻りたいんだよっ!“浜田先輩”!!」
悲痛な叫びに、オレは何も言えない。
「ごめんな」は、なんとなく違う気がした。
きっと、誰が悪いのでもない。


壊れるまで投げ続けたオレも。

何も気付かなかった泉も。


悪くはないけど、でも、いま泉が泣いている原因は、間違いなくオレにある。




泣きじゃくる泉。
ひっきりなしに上下するその肩に手を置いてやる資格さえ今のオレにはないんだろうなぁと思うと、
ちょっと悲しかった。








終わり。
















人目も気にせず、大泣きしながら我が儘を叫ぶ泉。
けれども明日になれば、きっと何事もなかったかのように振る舞います。
私の中の泉は、それが出来る子です。
それを強さと呼んでいいのか、私にはわからないけれど。


浜田は、野球自体は続けることができなくもないけど、投手としては投げられない。それが辛いから、野球を辞めた。という個人設定があったりなかったり。
すみません原作3巻までしか持って無いので、詳しくは知らないのです……
アニメの方はちゃんと見ましたよ!ありがとう我が弟!


というわけで、

栄「野球部入ってほしいって素直に言えばいいのに。」
泉「体がついていかねーんだってさ。」

のやり取り(うろ覚え)を見て思い付いた話でした。
なんかあの台詞、栄口にというよりは、自分に言い聞かせてるように思えたので。



追記

やまない雨の「雨」ってのは涙をさしてるんですけど、気づいてくれた方いますか?
ちなみに「ずぶぬれ」なのは、浜田が傘を差してやれない(≒涙を止めてやれない)ってのを暗に入れてます。