書き終えた日番日誌を教卓に置いて、教室の窓を閉める。
自分の机の中を確認して忘れ物はないか確かめ、さぁ部活に向かおうとして、
「西広。」
突然名前を呼ばれて、振り向いた。
そこには、中学時代のチームメイトが立っていた。



ぁ来いバッチこい青春の日々よ!!




「長尾!久し振りだね、クラス違うとこんなに会わな……」
「なぁ西広。」
ズカズカと教室のドアからオレの机まで来て、長尾は単刀直入に言った。
「なんで陸上やめたんだよ。」
「ああ、長尾にはちゃんと言ってなかったっけ。」
長尾は中学の時は同じ陸上部で、短距離をやっていた。
走るのが大好きだと言う長尾は、陸上という競技自体好きだった。
「あー……うん、野球、やってみたくてさ。中学の時、よく陸上部の隣りで野球部が活動してたろ?チラチラ見てたんだけど、いっつもキラキラしててさー。それがすごく、羨ましかったんだ。」
「羨ましかった……?」
低い声に、言い方が悪かったと気付いて慌てて付け加える。
「もちろん、陸上は好きだったし、陸上部に入ったことも後悔はしてなかった。今だって陸上は好きだよ。」
「じゃあ何で……」
「でも、決めてたんだ。入った高校に野球部があったら、野球をしようって。」
だからごめんね、と苦笑いすると、長尾は一瞬、ひどく傷付いた顔をしたが、すぐに険しい表情になった。
「……でもっ、野球部、今10人いんだろ?」
「うん。」
「野球は9人いればできんだろ、だったらお前いなくていいじゃん!お前以外みんな経験者だから、お前ずっと補欠なんだろ!?そんなんで楽しいのかよ!陸上だったら、お前ならすぐレギュラーになれんのに!」
痛いところをつかれた、と思った。
なんとかして反論しようと言葉を探す。
けど、長尾のターンはまだ終わってなかった。
「野球部のやつらだってもしかしたら、別にお前はいてもいなくてもいいとか思ってるかもしんないじゃん!」
「!!」
言葉が、上手く出てこない。
握り締めた手が、冷たい。
「そん、な、こと……」
「ないって言い切れんのかよ!それにずっと補欠なんて絶対つまんねーよ!」
頭がぐらぐらする。
けど、最後の台詞にオレはちょっとだけ、苛ついた。

――つまんない?何が?

――走って、ボールを取って、投げて、打って、叫んで……

「……ううん。」
「え?」
「それでも、楽しいよ。」
やっと出た言葉。
これは、負け惜しみなんかじゃない。
「……っ、でもっ」
「西広!」
「え。」
まだ続けようとする長尾に、違う声が被さった。
「うわ、巣山!びっくりした。」
巣山が廊下側の窓から身を乗り出して、ひらひらと手を振った。
「何してんだ、部活始まっぞ!」
「あ、うん!」
慌ててかばんを持ったオレに、長尾は不満そうな顔をする。
「ちょ、西広……」
小さく伸ばされた手ではなく、目を見て、オレは言った。
「ありがと長尾、……そんでごめん。オレ、やっぱり……野球がしたい。」











「……さっきの、誰?」
「長尾。中学の時、同じ部活だったんだ。」
「ああ、それで……」
「うん。そういえば巣山はどうしてこんな時間にまだ校舎にいるの?」
「日番。日誌書いてた。」
「あ、オレも。」
そこで会話が途切れて、響くのは二人分の足音だけ。
いつもはどんなこと話してたっけと頑張って話題を探すけど、浮かぶのはさっきの長尾の言葉ばかり。


『野球部のやつらだってもしかしたら、別にお前はいてもいなくてもいいとか思ってるかもしんないじゃん!』


確かに、そうかもしれない。
正直、オレじゃなくてもいいんだ。
オレと同じような初心者でも、そう変わんないんだよね。


そんな風にぐるぐるしてると、珍しくずっと黙っていた巣山が、口を開いた。
「……気にするなよ、あんなの。」
「え?」
『あんなの』が何に繋がるのかわからなくて聞き返すと、巣山は歩くスピードを少し緩めて、オレの方を見た。
「言っとくけど、野球部みんな、お前がいなくてもいいなんて思ってないからな。」
「……うん。」
聞いてたのか、と思いつつも、嫌な気はしなかった。
「……そうだね、試合に選手として出はしないけど、伝令とか三塁コーチャーとか、一応役はあるからね。」
そう言って笑うと、巣山は少しだけ不満そうな顔をして、そうかと思ったら今度は恥ずかしそうに前を向いた。
「そりゃそういう“役割”としても大事だけど……『伝令』や『三塁コーチャー』としてだけじゃなくて……単純に“西広”として、いてほしいんだよ。オレらは。」
そう言った巣山の顔はいつもより赤くて、
「……言った本人が照れてどうするのさ。」
なんて言ってみるけど、オレも、照れ隠し。どうしよう、結構感動した。
ああ、青春だなぁ。なんてことを考えてみたり。
青春ついでにふと思い付いて、言ってみた。
「オレ、さっき長尾に言った事、嘘じゃないよ。」
「……ったりまえだろ。嘘だったらマジショック受ける。」
「ははっ、大丈夫大丈夫。」

『それでも楽しいよ。』

紛れも無い、本音だ。

「西広ー。」
「んー?」
「夏、頑張ろうな。」
「うん。」
「いっぱい勝つぞ。」
「うん。」
「10人で。」
「……うん!」
そう答えてから、いつの間にか手が暖かくなっているのに気付いて、それもまたオレが照れる要因になってしまった。
「……そういえば、聞いてたんだ?」
だからそれに気付かれないように意地悪く言ってみたら、涼しげな顔で、
「聞こえただけー。」
なんて返された。
「あはは、聞こえちゃったんならしょうがないかー。」
「だろー。」
だからオレも、笑って返す。
「でも、巣山が来てくれてよかった。来てくれてなかったらたぶん、ずっともやもやしてたと思う。」
「いいタイミングだったろ。」
「うん。ありがとな。」
そう口に出してみたらなんかますます恥ずかしくなってきたうわあああ!
今のは失敗かも!あああもう数学みたいに未来も計算できたらいいのに!
「あ、そだ、いま何分!?」
こんがらがった頭で必死で話題を変えようとしてみる。そしたら巣山はチラッと時計を見て、そんでサッと顔を青くした。
「うぉ、あと10分で部活始まる!走っぞ!」
「わ、やばっ!」
予想外の展開。まぁ、気付けてよかったけど。





うん。やっぱり、走るのは好きだ。
けど今、それ以上に熱いものがある。


――止まらないんだ。


「巣山ぁっ!」
「あー!?」
「オレっ――野球部好きだっ!!」

叫んで、巣山の賛同の声を背に校舎から一歩飛び出す。






目に飛び込んでくる蒼い空が、流れる雲が、やけにまぶしかった。

















あとがき

「青春、青春……」と念じながら書き上げたものです。
青い感じ、出てましたでしょうか?

西広先生と誰を絡ませるかひたすら迷いました。
結局消去法+好みで、西浦のいぶし銀、巣山に。
ま○いプロテインに負けず、頑張れ巣山!
大好きだよ巣山!!
巣山、ふぉーえばーー!!



ってこれ西広小説だった。