に げ る な よ 、 負 け 犬 。
「忘れ物ないやんな。」
「うん。」
「向こう着いたらメールしてな。」
「うん。」
「……元気でね。」
「……うん。ありがとう、みーちゃん。」
さよならと言えずに、私は彼女を見送る。
彼女が少しだけ寂しそうな顔をしていたから、私はずっと笑顔でいようと頑張ったの。
ゆーちゃんがドアに向かって歩き出した。
彼女はもちろん、振り向かない。
あれに乗って、彼女は遠い遠い所に行く。
もう、滅多に会えない。
でも一応気持ちの整理はしたつもりだし、受け入れたと思った。
なのに、誰かが囁いた。
『逃げるのかな?』
――逃げるのかな?
逃げるって、何。
――何も言わず、何も伝えずにさよなら?情けないね。
だってしょうがないじゃん。
――そういうの、負け犬って言うんだよ。
うるさい。
――わかってるくせに。今ここで言わなかったら後悔するって。
うるさい。
――そんで勝手な被害妄想で自分の殻に閉じこもるんだ。馬鹿みたい。
うるさい!
――逃げるなよ、負け犬。
「――っ、私はっ……」
突然の声に、ゆーちゃんが振り向いた。
「え、何?」
「あ……」
何でもないよ、と言いかけたところに、さっきの言葉が戻ってくる。
――逃げるなよ
「あ、のさ。」
だから私は、
「私は、」
ぐ、と手に力を込めて、
「ん?何?」
首を傾げた彼女に、
「私は、ずっとゆーちゃん好きやからね。」
言ってやった。
ゆーちゃんがぱち、と瞬きをする。
「遠くに行っても、滅多に会えんくても、ずっとずっと、好きやから!手紙書く!メールもする!やからっ……」
無理矢理にでも、笑って、笑って。
「忘れんといて、な。」
ああ、そうだ。
私はこれが怖かったんだ。
「……当たり前やん。」
そう言って、彼女は笑った。
だから私も、もう一度笑った。
アナウンスが流れて、ドアがゆっくりと閉まっていく。
閉まる直前に聞こえた「またね」に、私はただ頷いた。
ドアが閉まって、私と彼女の間に壁ができて、ゆっくりとそれが動き出して、手を大きく振って、
『いってらっしゃい』
声を出さずに口だけ動かして紡いだその言葉は、ちゃんと届いただろうか。
さよなら、ありがとう。
わたしのだいじな、ともだち。
こうして、私の未熟な恋愛ごっこは終焉を迎えたのです。
神原
スイートピーの花言葉は「門出」「優しい思い出」だそうです。