いずみいつきの動揺





ある晴れた日のこと。

部室のドアを開けた瞬間、僕にかけられたのは彼のこんな言葉でした。



「お、古泉いいところに来たな。オセロやろうぜ!」



僕は思わず、開けたドアをゆっくりと閉めました。ドアの向こうで彼の焦った声が聞こえますが、今はそれどころではありません。

何だったんでしょう今のは……

ああ、僕は夢を見ているんですね。そうに違いない。いっちゃん起きて!

「どうしたんだよ古泉。」

「うわっ」

信じられない出来事のせいで考え込んでしまっていたらしく、

ドアが開いたことにも、彼の顔が至近距離にあることにも気付いていませんでした。

「かっ……おが、近いですね。」

吃驚しすぎてこんなことしか言えない自分が恨めしい。案の定、彼も「はぁ?」と顔をしかめています。

「ほら、とりあえず入れよ。」

そういうと僕の手を引っ張って部室へと導きました。

何でしょうこれは。彼のほうから僕に触れるなんてありえません。そう、ありえないんです……

(はっ!そうか!そういうことなのか!)

ひらめいた僕は咄嗟に、

「だっ、誰ですかあなたは!!」

そう思わず叫んでいました。

彼(の顔をした誰か)は訝しげに僕を見ます。

「は?どうしたんだよ、いつもの俺だろうが。」

「違います!あなたは誰で、キョン君をどこへやった!」

もう笑顔をつくるどころではありません。一大事です。彼はきっとこの目の前の彼そっくりの人に捕まっているんです。

何の為に、とかはまた後でこの人から聞きます!

「だからここにいるだろうが。」

そんなことを言っても、僕は騙せません!

「いいえ!僕の知る彼は、僕が近付けば寄るなと言い、僕が真面目な声を出せば気色悪いと言い、あげくに僕が笑えばうさんくさいと顔をしかめるような人です!」

あ、言ってて涙が出そう。

「……さぁ!今すぐ正体を現してください!」

びしっと彼(もどき)に指を突きつけると、彼はしばし呆然として、続いて今まで見た中でもベスト3に入るような苦い顔をしました。

「……お前、俺のことそんな風に思ってたのか。」

その悲しげな声に、僕は動揺してしまいました。

「……まぁ確かに、全部俺のしてきたことだし、お前にそう思われてても仕方ないよな……」

まさか……

「本物、ですか……?」

「さっきからそう言ってるだろ……いや、俺の日頃の行いのせいだよな、スマン。」

「あ……その……」

ああ、僕は、なんてことを……

「俺、今日はもう帰るな……じゃあ……」

そう言って彼は鞄を掴んで、僕の横を通り過ぎました。

「あ……待っ……!」



そこでフロイト先生も目を覆いたくなるような僕の夢は終わりました。

「はぁ……」

ついた溜息には、夢であったことへの安堵と、ちょっとだけ残念な気持ちがこもっていました。

だって、夢の中で僕があんなにも動揺したのは……



「とても、嬉しかったんです。」



真っ暗な部屋に、その呟きは溶けて消えました。









その日の放課後、部室のドアを開けた瞬間に僕にかけられたのは彼のこんな言葉でした。



「お、古泉いいところに来たな。オセロやろうぜ!」



正直驚きましたが、すぐに夢のことを思い出し、

「ええ、是非。」

僕はいつものように、笑顔で返しました。





その笑顔が演技ではなく心からのものであったことを、いそいそとオセロの準備をしだしたあなたはきっと知らないのでしょうけど。








古泉一樹の動揺。
とある方の電波を受信しまして、勢いで某所に投下させていただきました。


いつもより文と文の間隔をあけてみました。こっちの方が見やすいでしょうか?