るが来る



もうすぐ、春が来る。


「なんかまた最近寒い日続くなー。」
「ホンマやなー、はよ春にならんかなぁ、寒いん苦手やわ。」
「あはは、私も。」
のんびりと会話するのは、私、神原みこと、通称みーちゃんと、友人の小野ゆずか、通称ゆーちゃんだ。
受験勉強に追われるせいでほとんど会うこともなかったのだが、先程職員室前で久しぶりに会ったので、外に出てだべっているのだ。
教室に郡山さんを放置していることは、今は忘れたことにする。

盛り上がっていた話題が少し落ち着いたところで、ゆーちゃんがふと思い出したように声をあげた。
「あっ、そやそや。そういえば私な……」
一呼吸置いて、彼女は言った。
「広島受けてん。」
心臓が大きく脈打った、気がした。
「え……?」
「やからな、受かったらあっちで一人暮らしすんねん。」
「え、ちょ、待って?広島?広島って?あの牡蠣の?」
混乱している私を見て、ゆーちゃんは困ったように笑った。
「うん、牡蠣の。受かっとったらの話やけどなー。」
「そんなん、ゆーちゃんやったら絶対受かっとう!」
受かっているであろうからこそ……広島行きは、決定しているようなものなのだ。
「そっ……かぁ……広島行くんかぁ……」
「うん。」
「……さみしい、なぁ……」
「ホンマな。てか心細いわー、一人暮らしとか。」
「あははっ、気ぃつけーよー?」
……ゆーちゃんには申し訳ないが、その後の会話の内容はほとんど覚えていない。
笑ったり相槌を打ったりする裏で、ずっと一つのことを考えていた。


『ゆーちゃんが、いなくなる。』




ゆーちゃんと別れてから私は、まっすぐ郡山さんのいる教室には帰らずに、誰もいない、一組の教室に
入った。
一人になって、落ち着きたかった。

窓の桟に寄り掛かって大きな溜め息をつく。幸せが逃げる?もう逃げてるから関係ないね。
頭に響く、先程の彼女の言葉。

『広島受けてん。』

『受かったらあっちで一人暮らしすんねん。』


「それやったら、春なんか来んでいいのに。」
そう言ってみても、日めくりカレンダー、長くなってきた日中、その他目に映るものすべてが季節の移り変わりを告げている。


うぐいすなんて鳴かなくていい。
桜も、咲かなくていい。
ずっと、冬のままでいい。


だから、私から大事な人を奪わないでください。



近づいてくる足音に気付いて、慌てて零れていた涙を拭った。
足音は教室の前で止まった。同時にかけられる声。
「あ、おった。帰ってくんの遅いと思ったら……教室で何しとったん?」
ごめんなさい郡山さん、今は素で忘れてました。
「……センチメンタルガールになっていました。」
「は?」
変な顔。そんな表情が好きな私も、たぶん変。
「ふふっ、変な顔。今の郡山さんの顔――」
「……変なんはお前や。」
知ってる。
「なに、何でこんなとこおるん?……泣いとん?」
「あはは……」
「あははやなくて、どないしたん?どっか痛いん?」
「……春が来るから。」
は?と再び首をかしげる郡山さんに、私は声が震えないよう頑張って言った。
「広島、受けたんですって。ゆーちゃん。」
「……そうか……」
「受かったら、3月中には向こうに引っ越すんですって。」
「……そう、か。」
「ゆーちゃんなら、きっと受かってます。」
「そうやな。」
「そして……」
広島に、行ってしまうんだ。
「……やだ。」
「……」
「いやや……」
「……」
「ずっと、いっしょにおりたいぃ……」
「……」
「はなれたない……」
ぼろぼろと、情けないのはわかってる。わかっているけれども。

郡山さんは、何も言わない。
私も、何も言えない。
ただしゃくりあげる声だけが、教室に響いていた。



もうすぐ、春が来る。


浮雲ラプソディー






背景はA.FREE様よりお借りしました。