死んで7日目。
涙は出尽くして、戻れないことも理解して、それでもまだ、私は成仏できないでいた。
『足りないものがある』
死神10110号――ちろは、私にそう言った。心残りだとか未練だとかじゃない、もっと違うものが
“ない”らしい。
ちろはそれ以上ヒントをくれないで、ずっと鎌の柄に腰かけたまま。
自分で気づかなければならないとか言って。
そして私は、それが何なのかわからないまま、ぼんやりと突っ立っていた。
「・・・色々考えてみてさぁー」
「・・・」
「ちょっと思ったんだけどさぁー」
「・・・」
「私の人生、意味あったのかなぁ・・・」
「それはちろに問いかけているの?」
「他に誰がいるの。」
「うーん、じゃあちろには答えられない。」
「いじわるね。」
「だって、ここでちろが「あったに決まってるでしょ」って言ったって、君の心に届く前に消えちゃうもの。言うのは簡単だけど、目的地まで届けるのは、とても難しいんだ。」
「・・・ふーん。」
「だから、確実に届けてくれる人に聞いてみたらいいんだよ。」
「誰よ、それ。」
「君自身さ。」
「・・・なるほど?」
そして私はまた自分の世界に閉じこもる。
『私自身に』。なるほどとは思ったけれど、でも、なんかよくわかんないや。
わかんなくて、隣のちろを見る。ちろは私を見ない。
それが、無視してるんじゃなくて待ってくれてるんだと気付いたのは何日目だったっけ。
「・・・ち」
ろ、と言う前に、ちろがふと視線をずらした。
真正面から、右へ。私と正反対に。つられて私もそっちを見る。ちろの向こう。
そこには木があった。その木の葉が揺れているのを見て、ああ、風が吹いているんだとわかった。
風が吹くということは、この季節には、たとえ温くてもかなりありがたいものだった。
今はもう、わからないけれど。
そういえば、この空もそうだ。
蒼く広がるあの世界は、見る分には清々しく爽やかだけど、真下に立つ分にはその熱は耐えがたいものだった。
やっぱりそれも、わからなくなったけど。
生きていた頃の、記憶。
「・・ああ、そっか。」
「うん?」
ちろが私を見た。それがなんとなく嬉しくて、私は言葉があふれてごっちゃになりそうなのをがんばって抑えた。
「あのね、私ね、好きなもの、いっぱいあるの。」
「例えばどんな?」
「甘いもの好き。本も好き。小さい動物も好き。春に咲く花も、夏に吹く風も秋に散る葉も、冬に舞う雪も。家族も、友達も、・・・先輩も、みんな好きだった。」
「いっぱいあるね。」
「ん。ねぇ、これもさ、生きてなかったらみんな知らなかったんだよね。」
「そうだね。」
「お母さんが優しいのも、お父さんが暖かいのも、」
「うん。」
「友だちが頼りになるのも、・・・西広先輩がかっこいいのも。」
「うん。」
「他にもいっぱいいっぱい、知らなかったんだよね。」
「そうだね。」
ちろが頷くのを見て、私はちょっとだけ自信を持った。
次に言うつもりの言葉に。私の、一番、言いたかったことに。
「・・・これも、生きた意味になるのかなぁ。」
「君はどう思うの?」
予想外の返しで少し驚いたけど、私はもう揺るがない。
「私は・・・なると思った。」
「そっか。」
そこで初めて、鎌の柄に座りっぱなしだったちろが立ち上がった。
そのまま流れるような動作で、腰かけていた鎌をちろが構える。
「・・・何?」
「問答終了。扉は開かれた。」
ちろの言葉と同時に鎌が光り始めて、私は目を細める。
そんな私とは対照的に、ちろはまっすぐ前を、鎌の向こう側を見据えている。
見据えて、ちろは小さく、しかしはっきりと、語りだした。
自分自身の『生きた意味』、それに気づかないといけない。
たとえば、親友の前で親友のために泣いたこと。
たとえば、娘さんと過ごした、意地っ張りの日々。
全ての人生には意味があったこと。知ってなきゃいけないから。
ゆっくりと語る間に、光の塊は鎌から離れて段々広がっていって、ついには私より二回りほど大きく
なった。
「これが、『扉』?」
「うん、そう。君は気付いた。だから、」
そこで一旦切ったちろは、構えたまま視線を私に移して、言った。
「気付いた君は、『次』のために準備をしなきゃいけない。」
「・・・成仏するってこと?」
「そんな感じ。」
「そっか。お世話になりました。」
「いえいえ。どうか『次』の君も、たくさんのことを知れますように。」
「・・・ありがと。」
ちろが鎌を下ろして、光を手で示す。「行ってこい」、と言いたいらしい。
それに従い私は光へと進む。白に、包まれそうだ。
「・・・あ。」
『扉』に入る一歩手前で、私はちろへと振り向いた。
言い忘れたことが、あったから。
「好きなもの、あともう一つ。」
「ん?」
「・・・ちろ。」
「・・・ありがとう。」
そう言ってちろが笑ってくれたから、私もいつかのように、笑顔で手を振った。
この光のようにやさしく、あたたかい死神さんに、「またね」、と。
(終)
後書き
無意識に幸せいっぱいに生きた現代っ子と担当死神「ちろ」のお話でした。
タイキさんお誕生日おめでとうございまっす!!
今年もまたお祝いすることができてうれしいです!!
タイキさんに貰ったいろんなもの、私なりにまとめて、また次の世代に渡せたらなと思っています。
タイキさん大好き!!
偽与野祭り09提出