『自己嫌悪』
「キノ、人がいる」
エルメスの言葉に、キノは少しエンジンを緩めます。
そのまま走り続けると、キノの目にもその人たちが映りました。
どうやらその人たちはキノを呼んでいるらしいので、キノはその人たちに近づいて、エンジンを止めました。
すると、その人たちは荷物を置いて真剣な顔でキノに走りよりました。
念のため、キノは『カノン』に手を掛けます。
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが・・・、よろしいでしょうか?」
「ええ。そのために呼んだのでしょう?ボクを。」
「はい・・・。私たちは、夫婦で旅をしています。十何年もです。」
「それで、先輩であるあなた方が、無知で情けなくて食い意地が張っているボクに、旅についてのお説教でも?」
エルメスがキノになりきって言って、キノがタンクをげし、と蹴ります。
「イテ。」
「すいません、コイツの言うことは無視してください。・・・それで、ボクに何の用ですか?」
「人を・・・探しているんです」
女の人が俯いて、男の人が話し始めました。
「お恥ずかしい話なんですが・・・実は私たちは・・・子供を捨てたんです」
「へぇー」
「どうしてですか?」
「・・・あの頃の私たちは、若さ故に、自分たちのことしか考えていませんでした。つまり、旅の途中で生まれたあの子を・・・」
「足手まといだから、と置き去りにしたんですか?」
「・・・はい。でも今は反省しているんです」
「エゴだね」
エルメスが呟きました。
しかし、それは夫婦には聞こえなかったようでした。
「参考までに聞きます、その子の特徴は?」
「白い髪で、きっと今は12、3歳だと思うんですけど・・・。きっと可愛くなってますわ、私に似て」
願望いっぱいの奥さんの説明は、あまり参考にはなりませんでした。
『突然変異でもしないかぎり有り得ませんね。その子に同情します』
なんてことは言わずに、キノは黙って聞いていました。
「何処かで見ませんでしたか?もしくは、船の国に行きませんでした?」
船の国、という単語でキノの頭に2人と1匹が思い浮かびました。
しばらくの沈黙の後、キノは言いました。
「知りません」
きっぱりと、断言しました。
「そうですか・・・」
がっくりと肩を落とす夫婦をちろりと見て、キノは、
「きっと誰かと一緒に幸せに暮らしているんでしょう。世界のどこかで」
早口でそう言い捨てると、エルメスのエンジンをかけ、唖然としている夫婦を残して走り去りました。
「キノー、キノぉー?」
「キノ、ちょっと休んだら?」
「ねぇ、キノー!」
「・・・キノ、泣いてるの?」
「ちょっと黙っていてくれないか、エルメス」
低い声でした。
必死で何かを押さえているような、低い声でした。
そして両方とも黙り込み、エンジンの音だけがうるさく響きます。
ぽたり、
ぽたり、
水滴がエルメスに落ちました。
それが雨でないことを、エルメスは知っていました。
時々小さく聞こえる嗚咽は、風ということにしておきました。
二人とも、何も言いませんでした。