風が冷たくなった。
曇り空が増えた。
寒い寒い、冬がやって来る。
浮
雲
ラ
プ
ソ
デ
ィ
ー
ふらふら、休日の街を歩く。
(本屋さんに行って、パン屋さんに行って、あとドラッグストアにも行って…)
頭の中で指折り数えながら、そっと腕を服の上から擦る。
今日は、寒い。
本屋で得た参考書を片手に提げて、ドラッグストアの店頭でリップクリームを眺めていると、
「っぶし!」
突如聞こえた盛大なくしゃみに、私は思わずそちらを見た。
「…郡山さん?」
「…お?神原。」
予備校帰りかと問われ、いいえと返す。今日は閉校日だった。
「…っくしゅ」
寒い。今度は私がくしゃみをする番だった。
「…今時間ある?」
「あ、はい。暇人です。」
「じゃ、ちょっと温かいもんでも飲まん?奢るで。」
「わーい!ありがとうございますー」
くるりと郡山さんが辺りを見回して、ある一点で止まった。私もつられてそちらを向く。
喫茶店が、そこにあった。
「そことかどう?」
「入ったことないですけど…新しいお気に入りの店になるかも。」
「そやな。」
意見も一致したので、とりあえず入ってみることにした。
…のだけれど。
「…!!」
入った瞬間、二人の店員さんに凝視されてしまった。
「…?」
「…あの、やってます、よね?」
「あ、はい!やってますよ!いらっしゃいませ!!」
にこやかに出迎えてくれる店員さん(仮にAとする)。その奥で他の店員さんたちがハイタッチしているのを見て、こっそり郡山さんと顔を見合わせた。
案内された席について渡されたメニューを眺めると、真っ先に目が行ったのはメニューの文字ではなく、横のイラストだった。
「わぁ…これすごいですねぇ…」
「そやなぁ、店員さんが描いたんかなぁ。」
「聞いてみようかな。」
「ん、じゃーとりあえず注文決めよか。」
「はぁい。」
割とすぐに決まった注文を、聞きに来てくれた人(Aさんだった)に伝えた後、イラストについて訊ねてみた。
「すいません、このイラストってここの店員さんが?」
「あぁ、うちのマスターが描いてるんですよ。」
上手いもんでしょう?と笑う店員さん(ネームプレートによると増田さんというらしい)に、私も笑顔で「はい」と返す。
切り取りたいくらい素敵だった。
「なぁ神原、向こう見てみ。」
「え?」
増田さんが厨房へ向かうのをぼんやり眺めていた郡山さんが、ふいに目を輝かせた。
郡山さんの指さす先に目を遣った私は、そこにあるものにしばし言葉を失った。
それは、たくさんの、絵。
「す、ごぉい…あれも全部、マスターさんが描いたんですかねぇ…」
「かもな。あれ見てみ、めっちゃかっこいいやん!俺あーゆーの好きやねん。」
「ですねぇ。あ、隣のはお祭の絵ですね、可愛いー。あっちは…なんだろう、男の子?なんだか旅に出たくなるような絵。」
「左の方のは…ん?『ばぎゅ』?…ようわからんけど、なんか良いなぁ。」
「それに、絵もそうですけど、雰囲気とかも素敵なお店ですよね。」
「やんなぁ、なんか落ち着くし。」
「はい。また来たいなぁ…」
「…また来よか。」
その言葉に振り向いていた顔を元に戻すと、ニッと笑った郡山さんと目があった。
「合格祝いしたるわ。」
「ホントですか!?頑張ります!!」
「お客さん、受験生ですか?」
ふいに割り込んできた声に横を見ると、店員さん(ハイタッチしてた人)が注文したものを持って来てくれたところだった。
「あ、はい。」
「そうなんだ、じゃあ元気が出るものサービスしちゃおう!」
そう言って店員さん(良く見ると店長さんだった)は持ってきたものを丁寧にテーブルに並べて、お盆を器用に回しながら店の奥へと戻っていった。
数分後、戻ってきた店長さんは、なんだか楽しそうだった。
「これサービス。無理しすぎないようにね。」
ことりと置かれたのは、ふわふわと湯気が立つカップ。
「裏メニュー、店長特製はちみつミルクでございます。」
それはとても優しい色をしたミルクだった。
「ありがとう、ございます。」
「これ飲んで頑張りたまえ、受験生!」
「はい!」
グッと立てられた親指に、とりあえず敬礼で返してみた。
「よかったなぁ神原。めっちゃええ人やんあの人。」
「はい。…それに、おいしい。」
なんだかじんわりしてきて、うっかり零れ落ちそうになった感情を、ミルクと一緒に飲み込んだ。
ほかほか暖まった私たちは、満足してお店を出た。
増田さんがひらひら手を振ってくれたので、私たちも同じように振り返す。
本当に、素敵なお店だった。
「んじゃー、俺このままバイトやから。気ぃつけて帰りやー。」
「はい、ありがとうございました。ごちそうさまでした!」
また学校で、そう言って去り行く郡山さんをしばらく見送って、私も反対方向に歩き出した。
一人になった途端、ぶり返してくる寒さ。
ひゅうと吹いた風にふるり震えて、マフラーを口元まで引き上げる。
はちみつミルクの温かさを思い出して、自然と笑みが浮かんだ。
「帰ったらまずは数学やらなな。」
風が冷たくなった。
曇り空が増えた。
寒い寒い、冬がやって来る。
その後にある暖かい春を、私は取りに行く。
20100331
というわけでB茶さんからのリクエスト、浮雲×ミスマスです。
多分B茶さんも忘れているだろうこのリクエスト…まさに誰得。
受験懐かしい。今また受験生だけど!
B茶さんリクエストありがとうございました!